こんにちは。 八尾で声優養成塾StudioONEを開講しております、香月真緒(こうづき・まお)と申します。
このコラムでは、私自身の声優としての歩みを振り返りながら、声優を目指す方やそのご家族に向けて、少しでもお役に立つお話をお届けできたらと思います。
今回は、私のキャリアにおいて核となった「舞台」のお話をしたいと思います。
私の初舞台は17歳。
時代は小劇場演劇ブームの真っただ中でした。
主演は木田剛君。今や演劇界では名前を知らないものはいないですね。特撮ファンにもお馴染みの木田君ですが、彼もまた何者でもなかった頃のお話です。
公演は森之宮青少年会館で行われました。
森之宮青少年会館は「森少」という愛称で呼ばれ、関西の演劇人から「ミナミの聖地」と呼ばれていたステージでした。
また、「ここに行けば誰かに逢える」という交流の場でもありました。今は解体されてしまいましたが、本当に残念でなりません……。
さて舞台活動ですが、青二塾の同期生に誘われたのが始まりです。
私がお世話になったのは、某高校演劇部のOBたちが旗揚げした劇団でした。
断言できるのは、そこで過ごした三か月で体験した俳優修行が、青二塾で学んだ一年をはるかに凌駕(りょうが)したという事実です。
「声優を目指すなら、一度は舞台に立ちなさい」と私が声優志望者にお勧めするのは、この体験があるからです。
舞台経験なくして、その後の事務所所属オーディションに合格することは無かったと確信しています。
余談ですが、この頃、「劇団新感線」が大人気で、関西の劇団が根こそぎ「劇団新感線」化するという珍事に見舞われたことも追記しておきます。
古典の台詞劇を演じていた私の所属劇団も、前公演では着物を着て「おほほほほ」なんて笑っていた女性が、露出の高いボンテージを身に纏(まと)い、ロックをバックに踊り狂うという派手な場面を演じていました。
かくいう私も「劇団新感線」の大ファンで、古田新太さんを観て育ったと言っても過言ではありません。
また、当時の関西の劇団は横のつながりが強く、刺激に満ちた世界でした。
何より、周りは全員、成人した大人ばかり。高校生だった私は、人間としても、また俳優としても、この環境で急速に成長しました。
青二塾に通いながら、二年間で四回、私は森少の舞台に立たせていただきました。
その後、声優として上京した後も、私は東京で劇団に所属することになります。
ある日、お仕事をご一緒した事務所の大先輩から劇団の稽古を見学に来なさいと声をかけられました。
後で聞いた話ですが、私が舞台経験者だとご存知だったそうです。
その劇団にいたのは、子供のころに見ていたアニメに出演されていた大ベテランの声優たちでした。
稽古後、座長から「君、ちょっと外郎売(ういろううり)を演ってみたまえ」と声をかけられ、私はとんでもない方々の前で外郎売を披露することになります。
そして披露後、座長から「よく来てくれた。明日から一緒に頑張ろう」とのお言葉をいただきました。
軽い気持ちで見学に行ったのですが、気がつけば、私は劇団芸協の劇団員となっていました。つくづく、ご縁とは不思議なものだと思います……。
さて、劇団の稽古は週三回、夕方ごろに稽古場に集まり始め、女性陣は夕飯の支度を、男性陣は河原で野球というのが日課でした。
メンバーが集まったら、そこからランニングが始まり、稽古場に戻ります。
そして芝居の稽古が終わったら、そのまま酒宴に突入します。
酒の席でしか聞けない話もあり、とんでもない声優さんがふらっと遊びに来ることもありで、毎日が勉強、勉強、勉強の日々でした。
そして終電間際にお開きになり、若手はそのまま二次会に突入、朝まで居酒屋で芝居談義をする、というのが私の日常でした。
振り返ると、芝居漬けの毎日は幸福で贅沢な時間でした。
まあ、現在でもやってることはそう変わりませんが……。
ところで劇団での稽古ですが、新人の役割は、芸能のお仕事で稽古に参加できない先輩俳優の代役を務めることでした。これが何にも勝る稽古になるのです。
代役を務めるには、先輩俳優の芝居を「完コピ」することが必須となります。
台詞の調子、動き、ブレスの位置、間の長さ等々……これら全てを、寸分のズレもなく再現するのです。
お相手は、声優として第一線で活躍している、今で言うところの「レジェンド声優」たちです。
この行為を通じて、私は芝居の基本、そしてプロの技術の全てを心体に叩き込みました。
旅公演の途中でも休日を返上して東京に戻り、声優の仕事をしてから公演先に戻るという強行スケジュールをこなす日々……。
声優活動よりも劇団活動がメインになるほど、私は舞台にのめり込んでいきました。
飲みの席でのコミュニケーション(当時はそういった場での経験も求められました)も含め、私が舞台から得たものは計り知れません。
観客の前でお芝居する舞台という場は、声優を含めた「俳優」というお仕事の根幹であるといっても過言ではありません。
先人たちが「舞台は俳優の故郷である」と例えたのも理解できるお話です。
声優として、そして俳優としての基礎を築き上げた私の舞台経験。
そのエッセンスを凝縮したカリキュラムを、八尾の声優養成塾 StudioONEでお伝えしています。
声優として、プロの世界で通用する演技術を学びたいと興味をお持ちいただけましたら、ぜひお声掛けください。
「趣味でお芝居したい」という方もお気軽にどうぞ。
次回は私が体験した「関西ボイスドラマの歴史」について、お話ししたいと思います。
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